元は田舎から出て来た百姓なんです
ブログの紹介文におじいさんから賃貸業やってます
なんて書いてますから、元は資産家?なんて思ってる人
いるかもしれませんが、ぜ~~んぜん違います
私のおじいさんは、福島県のド田舎から仕事を求め
東京に出て来た貧乏君、考えてみれば明治時代です
どんな時代だったんでしょうかね~~~
東京の王子と言う場所のそば屋で働いてるおばあちゃんと
知り合い、今で言う「ナンパ!」で結婚!![]()
8人の子供を作り、2つの戦争に行かされても、
命からがら、運良く帰国、(強運か?
)
なおかつ「お妾さん&外に3人の子供もいた」おじいさん
どんだけ子供いるんだよ~
おばあちゃんにとっては、「ろくでもないじじい」だな~~![]()
私の記憶にある、おじいちゃんは
とっても優しいおじいちゃんですが![]()
しかしこのおじいさん商売は上手だったらしく、
葬儀屋やってたんですが
当時では儲かってたみたいです![]()
、
人づきあいが良く、家に遊びに来たお客さんに
口癖は「飯食ってけ!」その後「風呂も入ってけ!」
今思えば、営業の一貫なんですね~地域密着型ですし
葬儀屋ですから、誰でもいつかはお客さん![]()
「情けは人のためならず」、ですね~~
それで葬儀屋やりながら
賃貸業もやったりしてたんですが、その家の長男が私の父です
で、じゃあ跡取りでその後、おじいさんの資産を引き継いだか?
と言うとぜ~~~んぜん
私の父は「俺は葬儀屋なんか嫌だ!こんな家出て行く!」と
蹴っ飛ばして、独立、
以前は「バっカじゃない親父と思ってましたが」
もしもそのまま引き継いでも、楽してもらった物は、
あの父の性格からしてきっと遊んで、
無くなったでしょうから、これで良かったのです
その後遊び人だった父も、自営で苦労&遊び?![]()
ながら(母の助けのお陰で)
(母は当時自転車屋のかたわら、
得意なミシンで内職なんかしてましたね~~
内職で月10万から15万ぐらいになったそうで、
当時の主婦の女性の収入では、いい方だったらしいです
)
その自転車屋も商店街にあったお陰か以外に儲かり、私が生まれ
アパート兼自宅を買い、父が夢だった自動車屋を始めたのです
0から始めて家の2~3軒買えたおじいちゃんと父を見て来て
おじいちゃんとバカ親父に出来て私に出来ないはずはない!!
と金銭的な援助はまったく無しで、今まで頑張って来たのですが~
よく考えると子供を見てもらったり、その他いろいろ周りの人に
お金以外のことで助けられて、今の私がありますね~~~
周りの皆様に改めて感謝しつつ、ありがとうございます![]()
百姓根性でがんばりたいと思います![]()
PS
今日は保育園のイモ掘り遠足![]()
これからお弁当を作ります![]()

「ドキンちゃん火葬どれくらいで終わるんだろう?」
「えっ!バカ!私がそんなこと詳しいわけないだろう」
「だっていろいろ経験してるから葬式にも詳しいでしょう」
「ばか!葬式に詳しいってどんな人だよ~葬儀屋に聞け!」
「おばあさんの骨は虹色だったとか何とか」
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